終戦後少し経ったある日、低空飛行の飛行機の大きな爆音が聞こえた。急いで屋根に登ってみるとアメリカ軍の標識をつけた数機の飛行機だった。日本が誇るゼロ戦に対抗するため作られたグラマン戦闘機などの艦載機だ。実物を見るのはむろん初めてである。終戦前にこんなものに出くわしたら機銃掃射と死の危険を意味する。米軍機は市内にあった米英の民間人抑留者の施設に救援物資を届けるのが目的らしく、大きな包みをいくつか投下すると引き揚げていった。戦後アメリカ人と接触
(直接ではないが)したのはこれが初めてである。
2007年09月13日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/55154028
この記事へのトラックバック
このブログの記事はメールマガジンでも配信しています。http://blog.seesaa.jp/tb/55154028
この記事へのトラックバック
メルマガ登録・解除


